大判例

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大阪地方裁判所 昭和54年(行ウ)118号 判決

原告

日産金属工業株式会社(大阪日産と略称する)

右代表者清算人

植上広明

原告

日産金属工業株式会社(滋賀日産と略称する)

右代表者清算人

植上雅亨

原告ら訴訟代理人

酒井武義

被告

大阪府地方労働委員会

右代表者会長

後岡弘

右指定代理人

森和男

久下憲一

右被告補助参加人

総評全国金属労働組合日産金属支部

右代表者執行委員長

池原ハルエ

右訴訟代理人

中北龍太郎

主文

一  被告が、昭和五三年(不)第四号不当労働行為救済申立事件について昭和五四年一〇月五日付でなした不当労働行為救済命令主文第1ないし第6項は、これを取消す。

二  訴訟費用中、本訴により生じた費用は被告の負担とし、補助参加により生じた費用は補助参加人の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈省略〉

二本件命令の適否

そこで、本件命令の適否について判断する。

1  当事者〈省略〉

2  原告らの解散と解雇

原告大阪日産が昭和五二年一二月二〇日の株主総会決議により解散(真実解散)し、また、原告滋賀日産が昭和五三年三月二五日の株主総会決議により解散したこと、原告大阪日産が、右解散に伴い、昭和五二年一二月二六日付解雇通知書をもつて、その従業員池原ハルエ、中川栄子、寺田実、糸数スミ、川崎玉美、比嘉成子の六名を解雇したこと、(本件解雇)、なお、右解雇通知書には「これ以上企業継続の見込が立たないため、会社解散の手続をとり、全員解雇のやむなきに至つたので解雇を通知する。未払賃金、退職金、解雇予告手当を一二月三〇日に支払うので、清算事務所へ来られたい。」との旨記載されていたこと、原告大阪日産は、昭和五三年一月一一日、右解雇された六名の従業員に対する昭和五二年一二月分までの未払賃金、解雇予告手当相当額、退職金相当額、比嘉成子の労働災害による法定外休業補償金の未払金を、大阪法務局に弁済供託をしたこと、以上の事実については、原告らと被告との間において争いがない。(なお、補助参加人は、原告大阪日産が昭和五二年一二月二〇日開催の株主総会において解散の決議をしたことを争つているが、原告らと被告との間においては、右解散決議のあつた事実は争いがないところ、補助参加人の訴訟行為が被参加人の訴訟行為と牴触するときは、その効力を生じないから、本訴においては、前記の如く、右解散の事実は当事者間に争いがないものとして扱うべきである。)

次に、被告は、大田信昭は原告大阪日産の従業員であると主張しているところ、原告大阪日産は、右大田信昭は同原告の従業員ではないとして、右大田信昭に対しては、前記会社解散に伴う解雇の意思表示をしていないことは、弁論の全趣旨から明らかである。

3  本件解雇と不当労働行為

次に、本件解雇が不当労働行為として無効であるか否かについて判断する。

(一) 本件解雇は、前述の通り、原告大阪日産の真実の解散に伴つてなされたものであるところ、原告は、真実の会社解散に伴う解雇については、不当労働行為は成立しないと主張しているのに対し、被告は、真実の会社解散に伴う解雇についても不当労働行為は成立するとし、本件解雇は、補助参加人組合の壊滅を目的とした不当労働行為であつて無効であると主張しており、補助参加人も、全従業員ないし労働組合員全員を解雇することによつて、労働組合を壊滅させることを図つた企業の廃止(会社の解散)は、営業の自由(廃止の自由)の濫用であり、公序良俗に反して無効であるから、これに従つてなされた本件解雇も不当労働行為であつて無効であると主張している。

ところで、企業廃止の自由は、職業選択の自由、経済行動の自由の原則と表裏一体をなすものであつて、企業の廃止は、株主(企業主体)の自由に委ねられており、労働組合のために、企業を存続しなければならないという法律上の義務はないというべきであるし、また、不当労働行為は、企業の存在を前提として初めて問題となる事柄であつて、企業の消滅を目的とする会社の解散は、不当労働行為以前の問題というべきであるから、会社の解散が、仮に、組合の結成や従業員の組合活動を嫌悪し、組合を壊滅させ、組合活動を阻止する目的でなされた場合であつても、後記の如き特段の事情のない限り、原則として、会社の解散は有効であつて、右解散に伴う従業員の解雇についても、不当労働行為を構成しないものと解すべきである。

しかしながら、企業廃止の自由、職業選択の自由は、もとより他の自由権と同様に無制限なものではなく、そこには、他の社会的経済的諸利益との調和や、その他公共の福祉による一定の制限があると解すべきところ、憲法や労働組合法で、労働者の団結権を保障している現行法制のもとでは、労働組合の健全な育成発展をはかることも、その社会的経済的秩序の要請であるから、企業主体の有する企業廃止の自由と雖も、絶対無制約なものではなく、右の如き社会的経済的秩序の要請に一定の限度で服さなければならないものと解すべきである。従つて、当該企業を取りまく社会的経済的環境、企業の資産、資金、営業内容等の諸状況から、極めて容易に企業経営を継続していくことのできる状況にあり、社会的経済的には、企業を廃止する理由も必要も全くないのにも拘らず、専ら、労働組合の結成や、従業員の組合活動を嫌悪し、労働組合を壊滅させ、組合活動を阻止する目的のみをもつて、企業廃止(会社解散)をすることは、企業廃止の名の下に、経済的弱者である労働者の団結権等労働基本権を一方的に抑圧するものというべきであるから、右の如き場合の企業廃止すなわち会社の解散は、権利の濫用であり、ひいては公序良俗に反するものとして、当然無効というべきである。そして、会社の解散が、右のように、権利の濫用として許されず、ひいては公序良俗に反して無効な場合には、右解散に伴う解雇も、不当労働行為として無効と解すべきである。なお、右の場合、会社は存続することになるけれども、その営業活動は必ずしも企業主体自づからが行う必要はないし、かつ、これを法律上強制されることもないから、会社の解散を無効とし、その存続を認めても、企業主体に対し、何ら憲法一八条で禁止している強制労働を強いることにならないものと解すべきである。また、右の場合の会社解散(の決議)の無効は、必ずしも、訴えによつてのみ主張する必要はなく、不当労働行為の救済に関する訴訟の前提問題としても主張し得るものと解するのが相当である。けだし、会社解散の決議が、強行法規や公序良俗に反する場合は、その決議は、当然かつ絶対に無効というべきであるから、必ずしも無効確認の判決を待つまでもなく、何人から何人に対しても、何時、如何なる方法でも、その無効の主張を認めるのが相当であり、ただ、訴えによつた場合にのみ、第三者に対してもその効力が生ずると解するのが相当であるからである。

(二)  これを本件についてみるに、原告大阪日産が会社解散の決議をした昭和五二年一二月二〇日当時、右原告大阪日産は、極めて容易にその企業経営を継続していくことができる状況にあり、社会的経済的に企業を廃止する理由も必要もなかつたとの事実を窺わせる〈証拠〉はいずれもたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。

却つて、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

(1) 旧日産は、訴外ダイキンの下請をしていたところ、昭和五〇年六月頃の経営状態は悪く、固定資産約六四〇〇万円に対し、長短借入金等の負債が約一億四〇〇〇万円もあつて、赤字経営であつたこと、

(2) そこで、旧日産は、前記のとおり、昭和五〇年七月一日、本店を滋賀工場に移転し(これが原告滋賀日産である)、ついで、昭和五〇年八月一日、大阪工場を旧日産から切離し、新たに資本金三〇〇万円で原告大阪日産を設立したこと、そして、原告滋賀日産が、右滋賀工場を使用して、家庭用空調器用の打抜プレス板金加工部品の製造等をし、原告大阪日産が、右大阪工場を使用して、産業用空調器用の打抜プレス板金加工部品の製造、独自の開発にかかる建築関係製品の製造と、併せて原告滋賀日産が受注した家庭用空調器用部品の仕事を随時まわしてもらつたものの製造等をすることとし、これによつて、原告滋賀日産及び原告大阪日産の営業成績の向上をはかつたこと、

なお、旧日産すなわち原告滋賀日産は、原告大阪日産が設立されるに当り、補助参加人に対し、原告大阪日産設立後も、原告滋賀日産と原告大阪日産とは、その責任において一体である旨の確約をしていること、

(3) 右の如く、原告大阪日産は、その設立後、ダイキンからの産業用空調器用の打抜プレス板金加工部品の製造、旧日産開発にかかるスチール門扉等住宅用設備、原告滋賀日産からまわしてもらつたダイキン発注にかかる家庭用空調器用の打抜プレス板金加工部品の製造等を行なつてきたが、前二者の受注量が伸びず、原告滋賀日産からまわしてもらう仕事量も、景気低迷のため、ダイキンから原告滋賀日産に対する発注量の不振、ダイキンの原告滋賀日産を重視する経営方針を受け継いだ原告滋賀日産の原告大阪日産への発注量の抑制等から、原告大阪日産の受注量が減少したこと、

(4) そして、右ダイキンの方針を察知した原告大阪日産の代表取締役植上広明の経営に対する熱意の欠如もあつて、補助参加人らが、ダイキンに対し、発注量増加の要請をし、また、原告滋賀日産が原告大阪日産に相当の融資をしたにもかかわらず、原告大阪日産の営業成績は極めて悪かつたこと、

(5) そのため、原告大阪日産は、その従業員に対する昭和五一年度の夏季一時金も、訴外労働金庫から金三〇〇万円を借受けてこれを支払い、昭和五二年一月になつてからは、その資金不足から、わずか一〇名にも満たない従業員に対し、約六ヶ月間も賃金の遅配が生じたし、さらに、昭和五二年六月一日には、同年五月三一日満期の額面一二〇万円の約束手形を不渡とするに至つたこと、

(6) ところで、原告滋賀日産は、さきに補助参加人に対し、原告滋賀日産は原告大阪日産とその責任は一体である旨約していたけれども、原告滋賀日産は、昭和五二年五、六月当時において、原告大阪日産に対し、合計約一五〇〇万円の融資をしており、かつ、当時、原告滋賀日産も赤字経営であつたので、原告滋賀日産には、引続き、原告大阪日産に融資をして、これを支援する余裕がなかつたこと、そこで、その頃、原告滋賀日産の代表取締役植上雅亨や原告大阪日産の関係者らが、補助参加人に対し、原告大阪日産の事業を閉鎖するようにしたいと申入れたこと、

(7) しかし、補助参加人がこれに応じなかつたので、原告滋賀日産の代表取締役植上雅亨や補助参加人らが、ダイキンにその支援方を要請した結果、原告大阪日産は、原告滋賀日産を介してダイキンから融資を受けるなどして、その事業を継続していたところ、その後も、ダイキンからの受注量が思うように増えなかつたこともあつて、原告大阪日産の経営は益々悪化し、その累積赤字は増える一方であり、昭和五二年一一月頃には、代表者の植上広明も一時出社しなかつたこと等もあつて、現実に操業を停止せざるを得なくなつたこと、なお、原告滋賀日産も、引き続きその経営不振から、その頃も、原告大阪日産を支援する余裕はなく、後記の如く、その後間もなく解散のやむなきに至つたこと、

(8) 右のような状況の下で、原告大阪日産は、昭和五二年一〇月二七日頃、補助参加人に対し原告大阪日産の工場閉鎖の申し入れをし、同年一一月一九日付の書面をもつて、補助参加人に対し、原告大阪日産を解散する旨を表明すると共に、前記のとおり、昭和五二年一二月二〇日開催の株主総会において、会社解散の決議をし、昭和五二年一二月二六日、従業員池原ハルエ外五名に対し解雇の通告をしたこと、

(9) 次に原告滋賀日産は、原告大阪日産が設立された後も、ダイキンからの受注量が低迷し、業績があがらなかつた上、原告大阪日産に対し、回収の見込がたたない多額の融資をしたため、それが経営を圧迫し、その収益は赤字であつて、原告大阪日産が解散した昭和五二年一二月頃当時の経営内容は極めて悪かつたこと、そして、原告滋賀日産は、昭和五三年二月中旬頃、ダイキンに対し、原告滋賀日産への資金援助及び発注量の増加か、さもなくば原告滋賀日産のダイキンへの吸収かを申し入れたが、そのいずれをも拒否されたこと、

(10) そこで、原告滋賀日産は、その後、昭和五三年三月一五日その従業員で構成された全金同盟日産金属工業労働組合との間で、原告滋賀日産の解散に伴う従業員全員の解雇を承認すること等を内容とする協定を締結し、前記のとおり昭和五三年三月二五日開催の株主総会において解散決議をし、解散登記を経由したこと、

その後、原告滋賀日産は、工場、機械、敷地等全資産を売却し、債務の一部弁済をなしたが、最終的には、債務超過で全債務を弁済することはできないこと、

以上の事実が認められる。

(三) そうだとすれば、原告大阪日産は、その解散決議をした昭和五二年一二月当時、その経営が極めて容易で、社会的経済的に解散する必要がなかつたという状況にはなく、却つて、その経営内容の極度の悪化から、企業経営を継続していくことは極めて困難であつたというべきであるから、原告大阪日産の解散及び本件解雇が、被告及び補助参加人主張の如く、補助参加人組合の壊滅を目的としたものであつたとしても、企業廃止自由の原則に照らし、右会社解散は有効というべきであり、したがつて、右会社解散に伴つてなされた本件解雇については、不当労働行為は成立しないものというべきである。

よつて、被告が、原告大阪日産の解散決議及びそれに伴う補助参加人組合員池原ハルエ、中川栄子、寺田実、比嘉成子、川崎玉美、糸数スミに対する本件解雇を不当労働行為であるとして、それを前提に、原告大阪日産に対し、右解雇後の賃金の支払い、原職復帰、ポストノーテスを命じた部分(別紙命令書主文1の本文、1の(1)の一部、5、6の各命令部分)は、違法であるというべきである。

(後藤勇 草深重明 小泉博嗣)

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